巨額の簿外債務を抱えた山一証券が経営再建を断念し、自主廃業を発表した1997年11月24日の記者会見。野沢正平社長(当時)は「社員は悪くありません」と泣き顔で訴えた。それから20年。「元山(もとやま)」と呼ばれた旧山一社員たちは、その後の金融自由化の中でそれぞれの経験を生かし、貴重な戦力となった。
ネット証券大手の松井証券で顧問を務める矢吹行弘さん(53)は、山一の破綻がネット証券の勃興期と重なり、金融工学などに関する知識と技術が生かされた。山一破綻は33歳の時。旧さくら証券を経て40歳で松井証券の取締役になった。
矢吹さんは東大医学部卒。複雑な金融工学を理解できる理系人材の採用を強化していた山一には、先輩の熱心な誘いと「年収の半分がボーナス」との話に魅せられ入社した。しかし、当時の証券会社では稼ぎ頭の営業職の地位が高く、矢吹さんら理系の仕事は裏方だった。
ところが、山一破綻後は規制緩和でネット証券が台頭し、専門的な知識を持つ理系の人材は業界でも引っ張りだこに。矢吹さんは「山一のままなら40歳で取締役にはなれなかった」と振り返り、逆に「単なるトップセールスマンは(転職後)つらかったのではないか」と話す。
馬場祐次郎さん(72)は、山一時代に部下の不祥事や上司との衝突で左遷された先の部署で、投信や年金の知識を身に付けたことがその後の人生を変えた。98年3月、投信の知識を買われて福岡シティ銀行(現西日本シティ銀行)に転職し、投信の窓販業務を立ち上げた。山一時代より収入は2割減ったが、「既に50歳を過ぎ、職があるだけでも満足」と奮起、定年まで勤めた。
定年退職後の2005年、今度は外資系のピクテ投信投資顧問から誘われる。日本で無名だったピクテの投信商品を、福岡シティ時代に窓販の主力商品として採用したのが縁だった。ピクテでは、世界の公益企業に投資するファンドを提案。発売から1年たたないうちに2兆7000億円を売り、国内の株式投信でトップの実績を挙げた。「スイスのオーナーがポケットマネーで全社員をハワイ旅行に招待してくれた」と話す。
全国を飛び回り、多忙を極めた馬場さんは08年、脳出血で倒れた。右半身に後遺症が残ったが、ゴルフでリハビリし、社会復帰した。「ゴルフは起伏のある地形が体の多くの機能を鍛え、芝で転んでもけがをしない」と馬場さん。障害者ゴルフ世界大会の日本誘致も手伝い、今は将来的なパラリンピックへの競技採用に向けて活動中だ。
11月22日には山一時代の同期の集まりがあると話す馬場さんは、「安易な(運用益の)保証商いを命令した歴代社長は許せないが、山一が破綻し、本当の実力を試す機会が得られてよかった」と前向きだ。波乱に満ちた会社人生を振り返り、「組織内にいても独立の意識を持ち、常に専門知識を磨いて転職できる力を付けることが重要だ」と話した。
◇「身の丈」超え、危機招く=元山一経営企画室部の石井氏
山一が自主廃業を決めた際、経営企画室部長として大蔵省(現財務省)に営業休止届を提出した経験を持つソニーフィナンシャルホールディングスの石井茂社長。山一の危機を内部から見てきた石井氏に、当時の様子や破綻に至った要因などを聞いた。
-特定の法人顧客の損失を穴埋めし、海外の会社に隠していたことが山一の破綻につながった。
当時は(野村、大和、日興の各証券とともに)証券大手4社と呼ばれ、それなりの店構えをしていた。山一にはそこまでの実力はなかったのに、4社という「格」にとらわれ、身の丈を超える商いをしていた。
-日ごろリスクは感じなかったのか。
競争から降りるわけにいかなかった。本当は戦線をそこまで拡大すべきでなかった。私は改革を提案したこともあったが、上司に反対された。代替案を尋ねたら「現状維持だ」と。これは本当にだめかもしれないと思った。
一方で、どうにか乗り切れるのではないかとも思っていた。損失は一時的なもので、株価が戻れば解決すると。「株価神話」にとらわれていた。
-楽観的過ぎるのではないか。
過去の経験に縛られていた面もある。(それまでの)社会人としての人生30年間で株価が上がっていたら、株価は上がるものだと思ってしまう。
だが、土地神話、株価神話、大手銀行・証券はつぶれないという金融機関(不倒)神話の三つが、一気に崩壊した。その象徴が山一だった。これまでの固定観念がきれいに壊れた。
金融危機によって人々のマインドは変わり、いまだにデフレから脱却できていない。それだけバブル崩壊の後遺症は根が深かった。
-日経平均株価は現在、97年の金融危機時を超えている。
金融政策などでカンフル剤的に上がっている。株高は当分続くだろうが、日本経済の地力はそこまで回復していないのではないか。
-再び危機が起こる可能性は。
ある。資本規制など制度的な対応が進んでも、(金融機関は)抜け道を探す方向に走るだろう。それで業績が上がる会社が出てくると「なぜうちはやらないのか」となってしまう。
-危機を防ぐには何が必要か。
最後は人だ。経営者には誘惑が多い。それでも原理原則を忘れずにいられるかどうか。そして、過去にこだわらず、環境変化に対応できるかどうか。そのためには会社のありのままの姿を見ることが大事だ。(2017/11/24-06:35)
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