2017年11月6日月曜日

名古屋企業が東京移転を検討もしない理由

異色の「社長対談」が実現した。ともに愛知県名古屋市に本社を置くプリンター大手のブラザー工業と、喫茶店舗数で国内3位のコメダ珈琲店(コメダ)だ。事業内容も売り上げ規模もまったく違うが、名古屋企業らしい手堅い経営など、共通項もある。来年で創業110年のブラザーを率いる小池利和社長と、同50年のコメダを率いる臼井興胤社長が、ビジネスから生き様まで語り合った――。(前編、全2回)

■喫茶業としては「スタバ」に勝ちたい

【小池】今日はご足労いただき、ありがとうございます。コメダの社長を前にして申し訳ないのですが、私は外であまりコーヒーを飲まないのです。23年半過ごした米国でもオフィスのコーヒーが中心で、スターバックスやマクドナルドに行く程度でした。米国はデカフェ(カフェイン抜きコーヒー)が多いけど、まだ日本は少ない。でもこの間、2度ほどコメダ珈琲店に行きました。ソファも座り心地がよく、新聞・雑誌も読み放題なのはいいですね。

【臼井】ありがとうございます。私はコメダの社長になって4年たちますが、創業者の加藤太郎さん(元社長・会長)が作り上げたビジネスモデルは本当に卓越したものだと思います。一言でいうと「居心地のよさ」を核にした商売です。加藤さんは「コメダは喫茶業だけど、本質は空間を売る“貸席業”」と言われました。たとえば郊外型の路面店では、大きな駐車場、ログハウス風の建物、木目を多くした内装、朝の時間帯は無料でつくモーニングサービスなど、全世代を対象にした店づくりをしています。社長として、そのバランスを崩さないのが使命だと思っています。

【小池】では、将来的にはスタバに対抗するとか。

【臼井】喫茶業としてはそうです。ただ、この顧客相手のビジネスはコーヒー店だけでなく、いろんな業態に挑戦できると思っています。まだ明確な具体像があるわけではありませんが、ブラザーが110年近い歴史の中で、業態を変えて事業拡大されたように、時代とともに進化や変身をしないと生き残れない。私はコメダが将来「もともと喫茶店だったのか」と思われる時代が来るかもしれないと思います。もちろん、スターバックスに負けたくない気持ちはあり、飲食や接客レベルをより高めて、日本の喫茶店のよさを訴求していきます。

【小池】今でこそブラザーは、世界40カ国以上に事業を展開していますが、企業として段階を踏んできた歴史があります。創業は1908年ですが、最初はミシンの修理で、名古屋中心の商売。34年に念願だったミシンの製造を始めた時に、創業者(安井)兄弟は、「日本ミシン製造」という社名にしました。その後、海外にミシンの輸出を始めたのは戦後の47年で、創業から40年近くかかっています。

【臼井】私どもはその段階。コメダ珈琲店の店舗数は770店近くになり、海外にも2店出店したところです。ブラザーが歩まれた道を一生懸命追いかけたいと思っています。

■名古屋はインフラが整うから「保守的」に

――ブラザー工業もコメダも本社は名古屋市にあります。名古屋企業の特徴をどう感じていますか。

【小池】よく指摘されますが、名古屋企業はコンサバティブ(保守的)で手堅い一面があります。だから長寿企業も多い。創業100年を超える企業の多さは、東京都、大阪府、愛知県の順番だそうです。名古屋地区には繊維商社のように何百年も続く会社もあり、ブラザーは創業109年といっても、もっと歴史が長い会社がたくさんあります。

【臼井】私は愛媛県松山市で生まれて、主に東京で育ち、4年前に名古屋に赴任しました。よく「名古屋の人は外に出たがらない」と言いますが、赴任してすぐ「住み心地のよさ」がわかりました。まず、地元の人は気づいていませんが、名古屋の水はおいしい。それから道路が広い。大学も多いですし、就職先も困らない。トヨタ自動車やそのグループ企業、ブラザーもそうですがグローバル企業や、中小企業が多数ある。私の大学の先輩の河村たかし名古屋市長は「名古屋は何もない」と自虐的に言いますが、すごくインフラが整っていますね。それが保守的や手堅さにもつながり、不況になると名古屋企業が注目されます。

【小池】現在の愛知県で、グループ企業や下請け会社を含めると、県内の工業生産高の約6割を占めるのがトヨタ自動車です。企業としてはリスペクトしていますが、トヨタ=名古屋というのは個人的に少し違和感がある。というのは、私は愛知県一宮市の出身で、旧国名では「尾張」の人間。トヨタのある豊田市は「三河」ですから、“他国意識”があります(笑)。

■東京に本社を移す気は「全然ない」

――事業の拡大とともに東京に本社を移す企業も多いですが、名古屋から東京に本社を移す予定はありますか。

【小池】まったく考えていません。もともと市内の熱田区に創業家があったから名古屋を本拠地にして、製造を担うブラザー工業の工場も、名古屋市や愛知県内に集まっています。そうした経緯で従業員も中部地区の出身者が多く、地元の大学や高校とのパイプも太い。それらを断ち切って東京に移す必然性はありません。

東京・京橋に自社ビルの東京支社もあります。必要に応じて出張すればよく、IRなど東京で仕事をしたほうが都合のよい業務は、担当者が常駐すればよい。全売上高の8割以上が海外で、海外出張は中部国際空港も利用できます。多くの社員が名古屋から移り、オフィスの増床から社宅手配まで、多額なコストをかけて本社機能を移す理由はないのです。

【臼井】喫茶業のコメダにとって、喫茶王国と呼ばれる愛知県で毎日来るお客さんに鍛えられた強みもあります。国内各地に出店しても「名古屋発祥の喫茶店」というブランドイメージは高い。わざわざ東京に移す理由はないし、この情報化社会で、名古屋という不利もありません。私は以前、スポーツ用品メーカーのナイキにもいましたが、ナイキの本社はポートランド近くのビバートンという町にある。すごい田舎ですが、あの自然の中からスポーツを楽しむ企業文化が芽生えたと思います。特にBtoC(企業対消費者)企業にとって本拠地は大切でしょうね。

■名古屋なら人材も豊富にいる

【小池】先ほどお話ししたように、地元の大学や中部地区出身者が多いブラザーですが、いわゆる“就職競合”として学生が掛け持ちするのは、トヨタ自動車やデンソー、アイシン精機などのトヨタ系企業です。だいたい負けます。優秀な人材を獲得したい一面はありますが、「寄らば大樹」という意識の人を追いかけても仕方がない。人口の多い地域ですから、それ以外の反骨心のある人に入社してもらい、グローバルで戦う人材育成をしています。

【臼井】外食産業で最も国内店舗数が多いのは、3000店近く展開するマクドナルドですが、コメダ珈琲店は中部地区ではマクドナルドよりも店舗数が多い。当地ではそれなりの存在感がありますから、アルバイトを含めて人材も集まります。個人差はありますが、地元育ちの人は名古屋の喫茶文化で育ってきているので、のみこみも早い。全店舗数のうち98%がFC(フランチャイズチェーン)店で、コメダブランドはFC店によって支えられています。本部は、新規のFC店向けの研修を手厚くするなどして人材育成に努めています。

■個人的に「本拠地意識」は薄いが……

【臼井】私は父親が転勤族だったので、小学校を6回転校しています。そうなると「今、目の前にあるものが一生続かない」ことを子供心に悟ってしまう。移動することに慣れてしまい、その土地への執着心も薄い。企業としては本拠地を大切にしますが、個人的には逆ですね。現在の東京の自宅は中央区ですが、そろそろ飽きてきました。

【小池】そこは同じですね。私は愛知県一宮市で生まれ育ち、大学は東京で名古屋の会社に入り、26歳から49歳まで米国に駐在していましたが、自宅の場所にもこだわらない。米国滞在中に買った家も、娘が大学に入る時に売ってしまいました。性格が無精なので、庭付きの家に住んで、休日に芝を刈ったり、草むしりに追われたりするのもイヤ。クルマを運転しないので、公共交通機関の便利な場所で、あまり雨にぬれないで駅に行ける場所を選んでいます。実家は一宮市にありますが、将来どうしようかなと考えています。

■米国の消費者は「ブランドを意識しない」

【小池】長年米国でビジネスをして感じたのは、米国人はあまり「ブランド」にこだわらないことです。よい商品やサービスであれば支持してくれる。米国で、ブラザーがタイプライターやファクスを発売しても受け入れてくれました。日本だと「どうしてブラザーがファクスなんか売るんだ。ミシンとか編み機だろう」と言われた時代です。今でもそうですが、人種が多様化しているので、逆にあまりブランドロイヤリティは高くない。「コメダ」という名前も、米国の消費者はこだわらないと思いますね。

【臼井】そういう意味では、フェアな国ですね。

【小池】ブラザーの海外展開で、最もうまくいったのも米国です。現在の地域別売り上げ構成比率は、米州(北米・中南米・南米)が31.6%、欧州が25.1%、アジア他(オセアニア含む)が24.6%、日本は18.6%です。今でも「ブラザーはミシンの会社」と思われる方も多いのですが、海外を含めてミシン関連事業は、全売上高の12%弱になっています。1980年代に米国でタイプライターが支持されて以来、プリンター事業などを中心に海外の事業展開が進み、国内中心の会社から脱皮することができました。

【臼井】企業の永続性を考えると、そうした変身力は見習いたいものです。私が最初にブラザーを意識したのも、中学時代に買ってもらったタイプライターでした。今でも覚えていますが、フタを開けると鮮やかなオレンジ色の商品です。

【小池】ほう、そうですか。あの時代ですね。

■「マスター」と呼ばれるのがうれしい

――2人とも、現場を重視する姿勢は共通だと感じます。

【小池】ブラザーは毎年「社長賞」を設けており、私は出張日程をやりくりして、社長賞を受賞した海外の事業所に直接手渡しに行きます。一般には、受賞した職場の代表者を本社に呼んで表彰するのでしょうが、そのやり方では、各職場の取り組み実態や本社への不満も見えてこない。連結で約3万7000人の従業員がいますから、社長賞手渡しの目的は、ふだん会う機会がない職場の従業員の声を聞くことです。

【臼井】そのやり方なら、現場の従業員と本社との距離感も縮まりますね。私は就任以来、週に1度、店舗でコーヒーを淹れています。コメダは毎日来られるお客さんへの居心地を重視しています。ドリンクやパンメニューなどを提供しながら、究極の売り物は「空気感」なのです。店舗で働くと、数字やデータではわからない空気感が体感できます。4年続けていると、私を「マスター」と呼んでくださるお客さんもいる。そう言われると、ゾクゾクするほどうれしい。定点観測しているので、もし本部社員が、現場の実情に合わないプロモーション企画を立てても、「何だこの企画は」と言えます。

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生まれも育ちも、社長としての経歴も対照的な2人だが、共通する部分も目立った。その1つが現場主義で、もう1つが海外駐在経験だ。次回は「海外経験と出世」の話も含めて、2人の意識を深掘りしてみよう。(後編に続く)

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小池利和(こいけ・としかず)
ブラザー工業 社長。1955年愛知県一宮市生まれ。実家は小池毛織(当時)の一族。早稲田大学政治経済学部卒業後、79年にブラザー工業に入社。米国駐在を希望して自ら手を挙げる。82年ブラザーインターナショナル(U.S.A)に出向し、渡米(その後、滞米生活は23年半に及ぶ)。主力がタイプライターから情報機器に移るなか、米州プリンティング事業の拡大に尽力した。44歳で同社社長に就任。2005年に帰国し、本社常務。07年にブラザー工業社長に就任。米国時代からの愛称は「テリー」。社内ブログ「テリーの徒然日記」を発信し続け、連載1000回を突破。休日はブログのネタづくりを兼ねて社寺探訪や野球観戦などを行う。

臼井興胤(うすい・おきたね)
コメダ珈琲店 社長。1958年愛媛県松山市生まれ。小学校を転々とし、主に東京育ち。都立富士高校から防衛大学に進学。中退後に一橋大学に入学して同校卒業後、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)でMBA取得。本社企画部勤務などを経て、ゲーム会社のセガに転職。以後ベンチャーキャピタル、ナイキ、日本マクドナルドCOO(最高執行責任者)を経て、セガに復帰して社長に就任する。グルーポン東アジア統括副社長を歴任した後、2013年7月にコメダ社長に就任。休日の気分転換は早朝に大型バイクで疾走することと渓流釣り。

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(ブラザー工業 社長 小池 利和、コメダ珈琲店 社長 臼井 興胤 司会進行・構成=高井尚之(経済ジャーナリスト) 撮影=上野英和)

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