[東京 31日 ロイター] - 日銀は2007年1━6月に開いた金融政策決定会合の議事録を31日に公表した。リーマンショック前の好景気が続く中、政治の圧力を受けながらも日銀は2月会合で利上げに踏み切るが、その後に物価は再びマイナス圏に転落。利上げの妥当性を巡って政策委員らが激論を交わしていた様子が明らかになった。好景気でも上がらない物価や、マーケットとの意思疎通の難しさなど現在と同様の課題を巡る委員の苦悩も浮かび上がる。
<利上げ報道と政治けん制で市場乱高下、「ものすごく不愉快」>
当時はグレートモデレーションと呼ばれた世界同時好況の最中。米国ではサブプライム問題が経済指標に影を落としつつあったものの、国内景気は外需を追い風に拡大を続け、ドル/円
日銀は前年の06年7月にゼロ金利政策を解除し、政策金利を0.25%に引き上げており、追加利上げの時期を模索していた。
2月会合で0.5%への利上げに踏み切るが、前哨戦は1月会合から展開されていた。一部審議委員の発言をきっかけに前年末から高まりを見せていた市場の追加利上げ観測は、年が明けるとさらに勢いを増す。
相次ぐ利上げ見通し報道を受け、選挙を控えた政府・与党サイドから利上げけん制発言が繰り返され、市場は乱高下。さながら「場外乱闘」の様相を呈していた。
奇しくも政権を担っていたのは、安倍晋三現首相。当時の安倍氏の日銀に対する不信感は有名だが、自民党の中川秀直幹事長は、利上げに対して政府による議決延期請求権の行使に言及する露骨さだった。
1月17、18日の会合では、9人の政策委員のうち須田美矢子、水野温氏、野田忠男の3審議委員が0.5%への利上げを提案するが、結局は反対多数で否決される。
金融政策の据え置きに賛成した委員の主張は、経済・物価はおおむね日銀の見通しに沿って動いているものの、足元の消費の鈍さや原油価格の下落などを受け、「もう少し確信を深める材料を持ちたい」(武藤敏郎副総裁)という経済・物価情勢を踏まえたものだったが、市場には政治圧力に屈したとの受け止めも広がった。
会合でも、事前報道や要人発言を受けて市場が混乱したことについて「ものすごく不愉快。マーケットの期待というものが、人為的に形成されたように思う。それに対して政界がものすごく強く反応する。とても不幸である」(岩田一政副総裁)など問題視する発言が相次ぐ。
福井俊彦総裁は会合後の会見で政治への配慮を問われ、「(判断に)経済・物価情勢以外の要素が入り込む余地はない」と反論したものの、後味の悪さが残った。
<利上げ決定に政府「急ぐ必要ない」、円安けん制議論も>
周囲が混乱を極めた1月会合から一転し、報道やけん制発言が沈静化する中で迎えた2月20、21日の会合では、0.5%への利上げが決定される。
この間に明らかになった経済指標や海外情勢などを踏まえて「最小限度の調整を行う条件は整った」(春秀彦審議委員)、「仮に経済・物価情勢から乖離(かいり)した低金利が長く続くといった期待が定着すれば、行き過ぎた金融経済活動を通じて資金の流れや資源配分にゆがみが生ずるリスクが高まる」(武藤副総裁)などの見解が大勢となる。
ただ、慎重な対応を求めてきた政府は、福井総裁の利上げ提案を受けて田中和徳財務副大臣が会合の一時中断を要請。再開後に浜野潤内閣府審議官は「現在はデフレから脱却するかどうかの正念場であり、利上げを急ぐ局面ではない」と意見表明を行うが、議決延期請求権は行使せず、利上げが賛成多数で決まった。
採決に唯一、反対票を投じたのは岩田副総裁。先行きの物価動向について「半年以上、少なくとも9カ月くらいまで見渡すと、どうも前年比マイナス基調というか、ゼロないし若干のマイナスで推移する可能性が高い」とし、政策委員が中長期的に安定しているとみる物価上昇率を「ゼロ─2%程度」と示している中で「少なくとも(物価が)プラスの方向に動くということが、予測期間内にある程度はっきり見通せることが必要」と主張。この読みが、その後に的中することになる。
この間、過度な円安進行を回避する観点から、利上げ議論が展開されていることも興味深い。
1月会合では1ドル=120円超に円安が進行する中で、利上げを提案した3人の審議委員が「円独歩安の進行を間接的にけん制する意味でも、今回追加利上げに踏み切る意味がある」(水野委員)、「ファンダメンタルズから乖離した円安の自己増殖が生じているとすれば、今後、市場に過大な円のショート・ポジションが蓄積されるリスクは高まっている」(野田委員)など円安進行に警戒感を示す。
これに対して福間年勝審議委員が「金利が低いことと円安の関係は一つのポイントであるが、われわれが真正面から取り上げると、金融政策は動きがとれなくなる」とし、「日銀は伝統的に為替と金利には痛い目にあっている。この点は歴史の教訓として学んで、日本経済のファンダメンタルズを良くすることで、対応する以外は方法がないのではないか」と発言している。
<好景気でも上がらぬ物価、「賃金が上がらないから」>
その後、3月末に公表された2月の消費者物価指数が前年比0.1%のマイナスに転じ、3月も同0.3%下落に沈む。
委員の間でも「物価が下振れてマイナスになっている。やはり(先行きの物価見通しを示した)1月の中間評価が甘かった」(岩田副総裁、4月9、10日会合)、「甘かったと岩田さんがおっしゃるが、結果的にみると確かにそういう面がある」(武藤副総裁、同会合)などの声が上がる。
一方、金融市場では、世界的な株高と米金利の上昇などを材料に日銀のさらなる追加利上げを織り込む動きが加速。委員からは「市場の動きにいちいち反応したり、市場を誘導しようといったことは避けるべきである」(武藤副総裁、6月会合)との意見が出ていた。
物価が上昇しにくい理由についても、委員らは議論。福井総裁は「都市部では土地の値上がりが進んでいるのに、家賃が逆に下がるというメカニズム、私は一番理解したいところだが、よくわからない部分が含まれている」(4月9、10日会合)などと述べていた。
岩田副総裁は「失業率がまだ4%というのは、労働市場でスラック(余剰)がまだ存在しているから、まだ上がらない」、「従業員50人以下の企業は、賃金は全く上がっておらず、夏以降はマイナス2%にマイナス幅を拡大」、「日本がこんなに物価上昇率が低いのはサービス価格が上がらないから、サービス価格はどうして上がらないのかというと、賃金が上がらないから」(4月27日会合)などの仮説を列挙。現在につながる論点として注目される。
リーマンショックの予兆への警戒感は、必ずしも読み取れない。5月16、17日会合では須田委員が「エマージングマーケットを含め、株価の過大評価リスクが高まっている」と指摘するが、福井総裁は「サブプライム・モーゲージの問題は、他の金融分野への波及が比較的限定的にとどまるのではないか、との見方は引き続き保たれているということのようである」と述べるにとどめている。
(竹本能文 伊藤純夫 編集:田巻一彦)
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