山陽新幹線博多-小倉間で起きた人身事故では、運転士が異音を感知しながらも運転指令に報告しなかった「内規違反」が明らかになった。JR西日本は昨年末にも、異常音に気付きながら台車亀裂の発見が遅れたトラブルが起きたばかり。運転士に染みついた“ダイヤ至上主義”を指摘する声もあり、安全対策への姿勢が改めて問われそうだ。
■「迷わず止める」空文化 運行優先で連絡後回し
「情報共有を徹底させてきたが、社員への働き掛けが足りなかった」。15日、大阪市のJR西本社であった記者会見で、平野賀久(よしひさ)副社長は何度も謝罪した。
社内マニュアルでは、異音を感知した段階で運転士が東京にある運転指令に連絡するとされている。昨年末の台車亀裂を受けて今年2月に発表した安全計画でも「安全を確認できない場合は迷わず止める」と明記した。運転士は50代で運転歴14年程度のベテラン。過去に動物と衝突した経験もあり、今回も同様のケースと判断していたという。
東海道・山陽新幹線は日本の大動脈。あるJR西社員は「全ての場合で止めてしまえばダイヤに大きく影響することになり、程度の判断は難しい」と漏らす。
今回の事故では、小倉駅の係員もホームに入ってきた車両の先頭部分についた血のりなどを確認していたが、運転指令への報告は発車の後。乗客の乗降確認を優先し、車体よりもホーム上を注視していたため連絡が後回しになったという。
「少ない人員の中、全てを求めるのは酷だ」(JR西社員)との声もあるが、関西大の安部誠治教授(交通政策論)は、車両の運行を止めた新下関駅での破損状況を見る限り「あれだけ大きな破損は珍しく、見過ごしたこと自体が不思議」と指摘する。
15日の会見で「運転士と駅係員の中にダイヤを絶対に乱してはいけないという感覚があったのではないか」と問われた平野副社長は「本人たちとのやりとりでは確認していない。(ダイヤ優先の)感覚はなかったと思う」と述べるにとどめた。
一方、JR九州は、走行中に通常とは異なる原因不明の音がした場合、車両をその場で停止すると規定。15日にも、九州新幹線さくらが新八代-熊本間を走行中、運転士が「コン」という異常音を感じて緊急停止させた。現場や熊本駅で車両に異常がないことを確認した上で走行を再開し、乗客には博多駅で後続列車に乗り換えてもらっている。
JR西は今後、シミュレーター訓練に異音感知時の状況を追加し、係員に視線移動の面から教育するなどの対策を充実させる方針という。鉄道技術に詳しい工学院大の高木亮教授(電気鉄道システム)は「あのまま走行していた場合、カバーが車両の下に入り込み、脱線していた恐れもある」と指摘、社員への内規の徹底と安全対策を求めた。
■線路侵入対策どこまで 安全強化、費用に課題も
福岡県内で起きた山陽新幹線のぞみ176号の人身事故で死亡した男性は、自ら足場を登り、高架線路内に侵入したとみられる。足場の周辺には柵、線路には防音壁があるが、「線路は基本的に侵入できない」(JR西日本)という新幹線の「安全神話」に盲点が浮かんだ形。専門家は「他の場所でも起こり得る事故。さらなる安全対策が必要だ」と警鐘を鳴らす。
JR小倉駅(北九州市小倉北区)から南西約15キロの同市八幡西区上香月。住宅地や田畑が広がる郊外で事故は起きた。周辺の線路は高さ約15メートルの高架区間と、柵と壁を設けたのり面上に線路がある区間がある。現場周辺では15日も、福岡県警の捜査員が男性の遺留物の捜索に当たった。
事故現場近くには地上から高架へつながる足場があった。JR西日本は「柵や施錠があり、新幹線の線路は通常は入れない構造」と説明するが、近くに住む70代男性は「簡単に柵を乗り越え、足場をよじ登ることができる場所はある。入ろうと思えば線路内への侵入は可能だ」と話した。
大阪大の臼井伸之介教授(産業心理学)は「今回の事故を教訓に、故意に侵入できる箇所がないかの点検作業は最低限必要だ」と話す。一方で、金沢工業大の永瀬和彦客員教授(鉄道システム工学)は「トンネルが通る山間部や丘陵地では侵入しやすい場所が増える。このような区間には、侵入者を検知して警報を鳴らすようなシステムを導入するのが望ましい」と指摘。「費用面で課題があり、安全性をどこまで確保するかは国の方針や社会的な合意も必要になる」と話した。
=2018/06/16付 西日本新聞朝刊=
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