いち早く参入し、時には総務省とタッグを組んでMVNO市場を切り開いてきた日本通信。さまざまなサービスを他社に先駆け提供してきたが、「格安スマホ」や「格安SIM」という言葉が普及するにつれ、競争も激化し、MVNOとしての存在感は徐々に小さくなってきていた。誤解を恐れずいえば、販売力やブランド力という点では、後発のMVNOに見劣りするのも事実だ。
こうした市場での立ち位置を踏まえ、同社は一般ユーザーに直接サービスを提供するMVNOから、MVNOを支援するMVNEに戦略の軸を移している。同時にコンシューマー事業のb-mobileはU-NEXTとタッグを組み、技術面での支援を行う枠組みに移行。一方で、MVNEとして市場を広げるため、ドコモだけでなく、ソフトバンクからもネットワークを借りることになった。
当初はデータ通信だけだったソフトバンク回線を使ったサービスも、8月からは音声通話の提供を開始。MNPも可能になり、ようやくMVNOとしての体裁が整ってきた格好だ。ただ、ソフトバンク回線の目標は早期に100万と、非常に高い。日本通信の勝算はどこにあるのか。福田尚久社長が全貌を語った。
データと音声の同時スタートは難しい
―― ソフトバンクの音声通話まで含めたサービスが始まりました。ようやくといった感じですね。
福田氏 ようやく(溜息)……ですね。本当に長い時間がかかりました。一番(の原因)は接続義務があるのに応じていただけなかったところで、命令申し立てがあったのは、まさにそういう部分です。ドコモとの大臣裁定が2007年にあり、当時と法律は同じなのでずっと前に実現していてもおかしくない話ではありました。ただ、そこに対してもキャリアごとに考えがあり、相当な時間をかけ、協議しないといけないというのが現実です。
―― データ通信から音声通話提供まで、半年弱の時間がかかっています。
福田氏 これについては、むしろ早かったと思っています。ドコモさんとのときには、(音声通話提供まで)2年ちょっとかかっていますから。データ通信は相互接続でやっているので、応諾の義務がありますが、音声通話は卸契約のみで、各キャリアにその義務がありません。義務があれば、強引にやることで……相当強引にやってきましたが(笑)、道は開かれます。周りから見ると音声の方が“戦い”に見えるのかもしませんが、実際にはお願いするしかありません。その部分に関してはドコモで2年ちょっとかかっていますが、それと比べると今回は比較的早く実現できたと思っています。
―― データ通信と同時に提供開始というのは難しいのでしょうか。
福田氏 あちらからすると応じる義務はないので、必ずデータ通信が先行せざるを得ません。物事には順番があります。2月の決算説明会で「ソフトバンクのデータ通信を始めます」と言ったときも、一番言われたのは「音声がないのか」ということです。ご質問もいただきましたが、音声がないのは困ると一番分かっていたのは、たぶん私だと思います(笑)。ただ、義務とお願いだとどうしても一緒にはいかない。下手をすると(ドコモのときと同様)2年先になっていてもおかしくはありませんでしたが、今回はそれなりにいいタイミングでローンチできました。
―― データ通信でソフトバンクと見解の相違があった点として、SIMカードを設備と見なすかどうかという議論があったと思います。これについて、あらためて伺いたいのですが。(※2017年1月に、電気通信紛争処理委員会が総務省に対して、日本通信からソフトバンクへの協議再開を命じた件。詳細はこちら)
福田氏 (ソフトバンクは)設備ではないと主張されましたが、本気でそう思っていたのか。総務省も私どもも疑問に思ったところです。相互接続というのは、アクセス網をつなぐことですが、全てのアクセス網につなげなければ意味がありません。固定網で、NTT東日本と電話接続しても、ある地域までしかつなげないとなったらおかしいですよね。そこからすると、SIM(の種類でつなげる端末が変わるのは)はおかしい話ですし、議論がすり替わっていると感じました。ただ、実際問題には争点にもなっていません。協議の間にSIMは設備ではないと主張されたことはありませんでした。命令申し立ての中で、初めてそういった見解が出てきたのです。
―― 一方で、早期実現のためにも、ソフトバンクiPhone以外がつなげるSIMカードで始めるという選択肢はなかったのでしょうか。
福田氏 それもありましたが、ドコモの格安SIMの場合は、ドコモと契約している端末でSIMを変えただけで安くなるというのがメリットで、SIMロックを解除しなくても使えました。お客さまの中には、それと同じような形での期待があります。当然そうやっていくのが自然だと思いました。
SIMロックを外せることを分からない人も多い
―― 同時に6s以降のiPhoneはSIMロックを外せるため、SIMロックを外さず使える意義が日を追うごとに薄れている印象もあります。
福田氏 それはそうだと思います。ただ、これは私どもの試算ですが、今日の段階でもだいたい900万台ぐらいのiPhone、iPadがSIMロックを外せない状態で利用されています。そういった方々には、選択肢がない。これが10万人ぐらいなら別ですが、今は1000万人近くいる巨大な市場です。また、6s以降のiPhoneでも、ロックを外せるのかどうか、ちゃんと分かっているお客さまは少ない。今私どもに入ってくる問い合わせでも、「iPhone 7は使えますか?」というものが多くあります。業界側にいると(SIMロック解除のことは)分かるのかもしれませんが、一般の方だとまだそうではないというのが現実です。
SIMロックがかかっているのかどうかよく分からない方でも、ソフトバンクのiPhoneに挿せば使えるというのは、非常に分かりやすいメッセージです。ですから、以前よりサービス提供の意義が薄れたかといえば薄れましたが、意味がないほどに薄れたわけではないと考えています。むしろ(SIMロック解除を)知っている方の方が少数派で、それを考えると、まだまだ大きな市場だと思っています。
―― SIMロック解除だけでなく、その間にY!mobileも勢力を拡大しています。正直、邪魔だなと思うことはありませんか。
福田氏 それは思いますよ(笑)。むしろ、今(MVNOで)思わない人はいないと思いますし、総務省も問題視し始めているところです。最終的にY!mobileには何らかの規制が入ることになるとは思いますが、それはあくまで総務省がやること。お客さまからすると、(ソフトバンクからY!mobileへ移っても)端末は買い替えなければいけないですし、そういったところはボトルネックになっています。
先ほど申し上げたように、iPhone 6以前のユーザーも900万人いますから。もちろん端末を買い替えてY!mobileに行くという選択肢もありますが、逆に、自分でSIMカードだけ変えればいいというのであれば、それを使う選択肢もあります。影響は確かにありますが、端末代もそれなりに高くなっています。買い替えなければいけないというのは、それなりに影響があると見ています。そのために格安SIMなら半額になることはきっちりアピールしていますし、おかわりSIMと同じ仕組みが入っているので、1GBから5GBまで料金が自動で変動するのもメリットです。
関連記事
他社が段階制プランをやりたがらない理由
―― 変動制の料金プランについては、MNOのauも導入しました。これについても、日本通信は早かった印象があります。
福田氏 その方向になってまいすね。うちはオプションとして、5GBより上も提供できるようにしようと思っています。キャップを自分で決められる仕組みも開発は進めていて、どこかでご案内しようと思っています。例えば、3GBで上限にしたり、逆に6、7、8、9とオーバーしてキャップを設定できるようにしたりして、もっと使っていただけることも考えています。その辺の不安感がない形に持っていきたい。おかわりSIMも、そこが評価されています。
なぜ他から出ないかというと、これは世界中の通信事業者の収益の出方の問題で、お客さまに完全にフィットしたプランだと、みんな赤字になってしまうからだと思います。フィットしていない、無駄な部分が収益なので、なかなかやりづらい。ただ、きちんとコスト計算をすればそんなことにはならないはずです。
これは伝統的にそうですが、一般消費者の1人1人が通信料を払う時代になると、そこでもうけるのはいかがなものかとなります。ちょうど今は固定ブロードバンドでも、その見直しが行われているところで、年中「Netflix」を見る人と、ちょこちょこブラウザを使うだけの人だと全然データ量が違いますが、同じ定額になっていて、(料金的に)分けなければコストの公平性が保てないとなってきています。
もともとうちが1GBプランを出し、「Fair」という名称で売っていたときは、キャリアさんのプランは使い放題の定額でした。あのときの計算だと、確か49人で1人を支えているという構図になっていたので、それは公平ではないと1GBプランを盛り込んだことを覚えています。それが本来のあるべき姿だとは思いますが、とはいっても使いすぎてしまうことがないように、(段階制プランでは)キャップがあります。
―― 20GB、30GBのプランが登場し、またほぼ使い放題に戻っている感もあります。
福田氏 その容量でも複数回線でシェアできれば、違った形になります。もともと、複数のSIMで1つの容量を使う「PairGB」を出していましたが、その辺の仕組みも入れていこうと考えています。
MVNOとしてやることは、まだたくさんある
―― お話を聞いていると、MVNOとしてやれることは、まだまだたくさんあるようにも感じました。
福田氏 いっぱいあります。根本的なのは、今のキャリアが時代にそぐわない高コスト体質になっているところにあります。これは、ネットワークの作りからしてそうですね。装置を特注でベンダーに作らせて、とんでもなく高い金額を払っています。ここに端末のincentiveも加わり、通信のコストがものすごいことになる。さらに、販売店にもコストが掛かりますが、あれも全てエンドユーザーの料金に跳ね返っています。
もちろん、丁寧に対応しなければいけない人がいるのは事実ですが、これだけ業界が成熟してくると、そこまでしなくてもいいという人もいます。みんながみんな、同じではないですからね。そのコストを捻出しようとすると、最適ではない料金プランを売ることになってしまいます。
―― データ通信に関してはU-NEXTが同時にサービスを始めていましたが、音声は日本通信単独です。これはなぜでしょうか。
福田氏 短期的なお話をすると、8月16日のサービスインが確定したのが、プレスリリース前日の夜だったからです。さすがに2週間では、イネイブラーとしてのサービス展開は無理です。当然MVNOをやる方はいらっしゃいますが、お盆を含めた2週間では間に合わないので、b-mobileが先行した形になりました。
―― なぜ、足並みをそろえなかったのでしょうか。
福田氏 この件は、日本通信だけではなく、総務省も重視していますからね。うちのビジネスリーズンだけで、9月スタートというわけにはいきません。また、実際に待っているお客さまも多い。僕も知らなかったのですが、ソフトバンクには(請求が)20日〆というお客さまがいて、そういう方から早く変えたいというお問い合わせもいただいています。
―― ちなみに、データ通信のときは日本通信だけが料金プランを変更でき、U-mobileではできませんでした。やはり、こういう形で日本通信側が先行することはあるのでしょうか。
福田氏 APIとして機能は提供していますが、システムをつなぎ込むのはあちらです。これは、お互いの戦略の違いや、プラン変更をどのくらい重視しているかの違いにもよるのだと思います。ただ、APIを用意しているので仕組み自体はあります。その部分の開発強化は、ずいぶんとやってきました。それが生き、イネイブラーとしていろいろな方にサービスをご提供できています。
問い合わせの90%以上がMNPについて
―― 16日からの開始ですが、反響はいかがでしょうか。
福田氏 初期の反応としては、結構な数がいらっしゃっています。コールセンターに来る問い合わせは、90数%がMNPのご質問ですね。それがすごい数になっています。何と比較するのかにもよりますが、少なくともデータ通信オンリーに比べると、数字は桁違いです。さらにMNPが始まれば、本格的に数も上がってきます。
900万台という数字を持ってまだまだユーザーはいるとは思っていますが、1年前、2年前に比べたら当然減ってはいるので、不安はありました。ただ、この2日ぐらいの反応を見る限り、私たちの仮説は正しかったという感触を持てるようになりました。
―― 100万契約という目標を掲げていましたが、達成はできそうですか。
福田氏 まだ始まったばかりですが、ドコモのときは音声SIMがなく、データオンリーで始めています。あのときは、2台持ち、3台持ちで使われていました。ただ、今の格安SIMは音声がないといけないところまで来ています。その意味では、来週(MNP開始の8月22日)がようやく本格ローンチという感じです。やっぱりそうかという感触は得ていますし、手応えとしてはいいですね。
関連記事
ソフトバンクの接続料問題
―― 回線で差別化するのは難しいのかもしれませんが、現状では、ソフトバンク回線ならではの部分が、あまりサービスに反映されていないような印象もあります。料金もドコモのネットワークを使ったものより高いですし。
福田氏 出していきたいですね。1つは接続料、もう1つはHLR/HSSがどうなっていくかだと思います。その2つが変わらない限り、ドコモでやっているのと大きな違いは出せません。接続料に関しては、いよいよ算定がおかしいとなってきました。最初に算定式を書いたのは(ドコモと協議をしていたときの)私ですが、あのときから接続料にはおかしなギャップがありました。そこが適切になるように是正していく。これは総務省にもずいぶん言いましたし、これから取り組んでいただけそうなお話もいただいています。
そもそも、ドコモとソフトバンクを比べたとき、本当にドコモの方が原価が安いのかと言われれば、かなり疑問があります。今はざっくり言って1.5倍程度の開きがありますが、その前は3倍でした。その意味では、安くはなっているのですが……。
―― ただ、一気に安くなりすぎるのも不思議な話で、かなり裁量でどうにかなるような印象も受けまいた。
福田氏 表向きは算定に誤解があったということかもしれませんが、3倍離れていたときは、実際、誰も接続しようとしませんでした。うちもあの値段だとやってくれといわれても、分かりましたとはいえません。次の年に1.5倍ぐらいになり、やっとという感じです。
―― 算定式の数字にブレがあるような気もします。
福田氏 確かに言葉では定義されていても、どこまでを実際の数字として反映させるかでブレはあります。キャリアごとに、考え方のギャップもあります。言葉1つ取っても、定義が違ったりしますからね。そこをもっと精緻にしていく。そうすれば、どこかで数字も共通になります。
―― その差が、料金プランにも反映されているということですか。ソフトバンクの方がやや高いのはそのためでしょうか。
福田氏 ダイレクトに反映させたわけではありませんが、反映はされています。おかわりSIMだと1GBを超えたときの料金が1GB、250円でしたが、ソフトバンクは350円です。これも、比較的安めに振って、ようやく350円にできました。そうしないと、(エンドユーザーに提供する料金として)高くなりすぎてしまうからです。
―― 接続料が安くなれば、それが反映されるのでしょうか。
福田氏 もちろん、値下げの余地はあります。それでも、使った分だけという料金プランになっているのは、良心的だと思います。
日本通信の“独自SIM”も提供する
―― MNOの残り1社、KDDIはいかがでしょうか。
福田氏 ソフトバンクは(MVNOが)ゼロだったので、どうにかしないといけないというのがありました。ただKDDIも申し込んでやっていくと2月にお話しています。実際の交渉状況は厳しいNDA(非開示契約)があるのでご案内できませんが、協議自体は進めています。
―― 仮に3キャリア全てを提供するとなると、MVNO初ですね。
福田氏 そうですね。販売店サイドも、3キャリアをそろえなければいけないというのがあります。今までは、格安SIMにしたくても、ソフトバンク(の端末)だと選択肢がありませんでした。それがようやく解消し、売ることができるようになった。販売店からすると、お客さまが何を使っていても販売できることが重要ですからね。そういった意味では、3社がそろうことが大事で、auも追加したいと思っています。
―― お話をうかがっていると、まだまだMVNOとしてやっていけるのではという気もしました。
福田氏 止めたわけではないですから(笑)。日本通信でしかできないことは、どんどんやっていく。このスタンスは変わっていません。今回は、他社がやっていないソフトバンクをやりました。細かなところでは、料金プランもよりフィットした形にできると思います。お客さまサイドに立った料金作りは、もう少し進めていきたいですね。また、日本通信として、独自SIMを作ることも長年準備しています。これも私どもがやらなければいけないことです。法人向けですが、デュアルネットワークのご要望もいただいています。MVNOがこうあるべきということは、15年間やってきました。ビジョンを率先して出すところに、価値があると思っています。
―― 先ほどもお話が出ましたが、HLR/HSSはいつごろ、どういう形になりそうでしょうか。
福田氏 うちの独自SIMに関しては、多くの方が予想していない形でローンチしようと思っています。これは、来春ぐらいまでにどうにかしたいと思っています。今はそんな状況です。
―― ドコモ網で、ということでしょうか。
福田氏 SIMを使って何をしたいかですが、SIMは強力な認証基盤だと思っています。通信事業者は通信の認証として使っていますが、認証は通信以外にも必要です。そういう部分を先に出していきたいですね。その意味では、普通のものではありません。そこで格安SIMが出てきても、エンドユーザーにとっては何も変わらないですから。独自SIMでは、そこを目指しているわけではありません。
取材を終えて:独自SIMの中身に注目
ようやく音声通話まで出そろったソフトバンク回線のMVNOサービスだが、日本通信としても十分な手応えを感じているようだ。インタビューでは福田氏が最大900万という規模感に言及していたが、今はまだ大きな市場があるということなのかもしれない。
一方で、SIMロック解除が全端末で義務化されていることを考えると、その数は今後、確実に縮小していく。日本通信も何らかの手を考えているようだが、そのときを見すえたサービスも必要になりそうだ。福田氏が来春始まると語っていた独自SIMは、いわゆる格安SIM以外のサービスに重きを置いているようだ。詳細は明かされなかったが、どのようなものになるのかは注目しておきたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿