2018年2月8日木曜日

価格高騰「面白いように増えた……」暗転 コインチェック事件、墜ちた仮想通貨の寵児 (1/4)

産経新聞

 《現在、NEM(ネム)の入金について制限をさせていただいております》

 1月26日の昼ごろ、仮想通貨取引所大手コインチェック(東京)のツイッターを見た東京都渋谷区の大学生、高沢滉(21)はすぐにスマートフォンで自分のウォレット(口座)を確認した。

 「やばい」。ウォレットには日本円に換算して5万円分の仮想通貨ネムに加え、ビットコインなどの他の仮想通貨や日本円など計50万〜60万円分の資産が置かれていた。ネムは諦めるにしても、他の資産は移しておいた方がいい。送金を試みたが「手続き中」と表示されるだけ。ネムだけでなく、すべての通貨が動かせない状態になっていた。

 約580億円相当のネムがコインチェックから流出した問題。保有者は約26万人に及ぶが、コインチェックは他の通貨の送金や出金も凍結している。

 高沢の怒りは、徐々に不安に変わる。「コインチェックが破産したら、すべて戻ってこないのでは……」

画像

 埼玉県の40代の会社員、田代健太郎=仮名=も1千万円分のネムを含む1600万円の資産が引き出せなくなった。

 1年半ほど前、勤め先の社長のもうけ話を聞き、遊び半分で始めた。扱える通貨の豊富さと、サイトの使いやすさから取引所はコインチェックを選んだ。100万円の元手は「面白いように増えた」。追加投資した500万円を含め、昨年末時点で資産は3千万円に膨らんだ。そんな直後に起きた流出問題。「とにかく早く現金を出金させてほしい」と訴える。

 仮想通貨は価格変動の激しさが特徴だ。例えばビットコインは昨年1月には1ビットコインが10万円程度だったが、年末には230万円の値を付けた。ネムも昨年1月は0・4円だったが1年で200円を超えた。初期に購入した人の中には含み益が1億円を超え「億り人」と呼ばれる長者もいる。ただ、今回の問題を受け、足元ではビットコインが88万円程度、ネムが58円前後と下落している。

産経新聞

 東京都港区で音楽関係の仕事をする野間秀樹(40)=仮名=も200万円で始めた仮想通貨の資産は昨年末に5千万円を超えた。いわゆる「億り人」ではないが、不動産など他の投資も幅広く手がけており、フェラーリやランボルギーニなど高級車を複数所有する。

 コインチェックにも約2千万円の資産があったが、仮想通貨取引所に登録制が導入された際、認定されなかったことを不安視。資産を別の場所に移し被害は200万円にとどまった。「捨ててもいいくらいの感覚でやってたので落胆はないですよ」。さばさばとした表情で語った。

 「私たちは金融の経験が浅かった。今回の事象で、仮想通貨の業界に対して不信感が持たれると思う。深く反省している」

 コインチェックから巨額の仮想通貨NEM(ネム)が流出したことが発覚して12時間も後の1月26日深夜に始まった記者会見。社長の和田晃一良は、憔悴(しょうすい)しきった表情で、こう絞り出すのが精いっぱいだった。

 会見では終始うつむきがちで受け答えは隣に座る取締役兼最高執行責任者(COO)の大塚雄介ばかり。記者がたまらず「お飾りか」と迫る場面もあった。

 ある業界関係者は「和田氏はほとんど表に出ない。あれが普段のコインチェックの姿だ」と指摘。大塚は27歳の和田より10歳ほど年長で、「公の場でのスポークスマンの役割は全権委任されていると言ってもいいのではないか」とみる。

 とはいえ、和田が30歳に満たない若さで大手取引所の運営を手がけ、急成長する仮想通貨市場を牽引(けんいん)してきたのは事実。「業界の寵児(ちょうじ)」の名声をほしいままにしてきたが、会見でその輝きは見る影もなかった。

 和田のルーツは幼少期に遡(さかのぼ)る。小学生時代にパソコンに魅了され、プログラミングにのめり込んだ。大学は理系トップクラスの東京工業大に進み、ソフトウエア開発者などが競うイベント「ハッカソン」の優勝経験もある。

産経新聞

 ただ就職活動では苦い思いもした。楽天やグリーなどの門をたたいたが、選考で落ちたという。別の企業の内定は得られたが、意識が起業に傾き、平成24年8月にコインチェックの前身のレジュプレスを立ち上げた。同社では個人が体験談などを投稿するサイトを開発。偏差値を40上げて慶応大に合格した女子高生の話が、「ビリギャル」として映画化されたのは有名だ。

 仮想通貨に関わることになったのは26年。当時、世界最大級の取引所だったマウントゴックス(東京)が、仮想通貨のビットコインの大量消失で破綻。市場は冷え込んだが、和田は逆に、仮想通貨への関心を深め将来性を見いだした。そしてその年の8月、コインチェックが誕生した。

 上り調子の和田には、ビリギャルを超えるサクセスストーリーの始まりに見えていたのかもしれない。

 当初はいぶかられた仮想通貨だが、ビットコインを中心に技術的な裏付けが徐々に認知され価格も上昇。決済や送金の手段としてよりも投機対象として買いが買いを呼んだ。コインチェックも顧客を急速に増やし業容を拡大していった。

 取締役の大塚によると、最近の月間取引高は4兆円に上る。ユーザー数も200万人超とされ、国内取引所のトップクラスの一翼を担う存在となった。

 コインチェックが利用者を引きつけたのは、取り扱うコインの多さだ。ビットコインやネムだけでなく、リップル、イーサリアム、リスクなど13種類をそろえる。一方、ライバルのビットフライヤーは7種類だ。

 さらに最近は、タレントの出川哲朗を起用したテレビCMを流し、イメージ戦略も強化していた。

 しかし、利益を優先するあまり、落とし穴に気付かなかった。事業規模の広がりに、安全投資が追いついておらず、今回の巨額流出を招く結果となった。

産経新聞

 「顧客の資産を預かる立場として、あってはならない」(国内取引所幹部)。コインチェックのずさんな安全対策には、同業他社からも厳しい声が上がる。

 コインチェックは、ネムの保管に外部のネットワークから隔離された「コールドウォレット」を採用しておらず、この幹部は「あり得ない」と指弾する。送金に複数の秘密鍵を要求するセキュリティー技術の「マルチシグ」もネムでは導入していなかった。

 別の取引所幹部は「利用者によっては何億円もの資産を預けていることもある。利用者に安心してもらおうという意識があったか疑わざるを得ない」と基本の欠如を指摘した。

 コインチェックはネム保有者に日本円で計約460億円を返す方針。大塚によると、それだけの現預金はあるという。ただ時期や手続きは決まっていない。

 事業は「継続が大前提」(大塚)とするが、国の取引所の登録審査が厳しくなるのは避けられず、登録申請中の「みなし業者」であるコインチェックは登録を受けられずに廃業を迫られるリスクもある。他の企業による買収も取り沙汰されており、安全を軽視した代償は大きくなりそうだ。(敬称略)

 コインチェックの巨額流出問題は過熱していた仮想通貨市場に衝撃を与えた。危うさの共存する仮想通貨は一時のブームで終わるのか。問題の行方を探った。

 ■NEM(ネム) インターネット上で取引される仮想通貨の一種。仮想通貨の代表格、ビットコインより取引速度が速いことなどが特長。国内では、コインチェックなど少数の取引所で扱われている。今年初めの価格は、昨年初頭と比べて約500倍に急騰した。

Let's block ads! (Why?)

Read Again http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1802/08/news053.html

0 件のコメント:

コメントを投稿