都内某所の雑居ビルの一室で、3人の男性が黙々とパソコンに向かっていた。児童ポルノサイトのリストを作成する一般社団法人インターネットコンテンツセーフティ協会(ICSA)の職員だ。
ブロッキングは日本で唯一、児童ポルノに対して認められ、2011年4月から同協会が作成したリストをもとにプロバイダーが実施している。
情報は年2000~4000件寄せられるが、ブロッキングの基準に該当するかどうかは職員が1件1件、目視で確認する。被害者の推定年齢や撮影状況などから検討し、判断が難しい時は弁護士や医師に意見を求める。定期的な専門家のチェックも入る。こうした手続きを経て、現在リストに入っているのは約30サイトだ。「児童の虐待画像をたくさん見ることは精神的に辛い。定期的にカウンセリングを受けます」とリーダーの桃沢隼人さん(38)は話す。
これほど厳密な手続きを踏むのは「自分たちの判断一つで、正当な表現までネット上から排除しかねないという怖さ」(桃沢さん)があるからだ。ブロッキングしようと思えば、リストに一行、そのサイトのドメインを書き加えるだけだ。あとは流れ作業で、リストがプロバイダーのサーバーに送られれば、多くは自動的に設定が更新され、対象サイトにアクセスしようした利用者は別の警告用サイトに誘導される。
利用者のアクセスを確認し、遮断する行為は電気通信事業法の通信の秘密侵害罪にあたる。このため、ブロッキング導入までには何年も議論が重ねられた。
「機械的にチェックするだけで人間が見る訳ではないのだから、そこまで神経質にならなくてもいいのでは?」との声もあるが、桃沢さんは「機械の方が怖くないですか?」と言う。「コンピューターは人間がやるよりはるかに膨大な通信を瞬時により分け、しかもそれを記録できてしまう」。現場を知る人ならではの危機感ではないか。
ただ、現在使われている主流のブロッキング手法は、近年、様々な回避技術の登場で有効性に疑問も出ている。都内のプロバイダーは「止められているのは全体の数%では。確信犯的に接続しようとする人はすり抜け、一方で無関係の利用者が通信の秘密を侵害されているのが現状だ」とも話す。
刑法では違法行為であっても、「正当行為」「正当防衛」「緊急避難」のいずれかの事情があれば違法性が否定される。児童ポルノのブロッキングが認められているのは、「緊急避難」として許容される場合があると整理されたからだ。
緊急避難が認められるには(1)危難が現在も存在(2)その避難行為のほかにとるべき手段がない(3)その避難行為によって発生する害が、発生を避けようとした害を上回らない――の全てを満たす必要がある。では、海賊版サイトはどうだろう。政府は悪質な海賊版サイトの場合、要件を満たす場合があるとの解釈だが、法律家の間では異論が多い。
政府が「ブロッキングが適切」と名前を挙げた3サイトの一つ、漫画村へのアクセス回数は、ウェブ解析会社の調べでは半年で6億2000件とされる。権利者団体のコンテンツ海外流通促進機構(CODA)はこのアクセス件数に単行本の平均単価をかけて3192億円の推定被害額を算出したという。全国出版協会によると、漫画の市場は紙と電子をあわせて年4500億円前後で推移しており、CODAの主張通りなら、わずか1サイトによる半年の被害が、漫画界全体の市場規模に迫っているということになる。
政府の方針発表後、3サイトは事実上閉鎖したが、出版社側は「またすぐに次の『漫画村』が登場するだろう」とみている。
ほかにとるべき手段はないのだろうか。著作権法が主な業務分野の上沼紫野弁護士は「まずは侵害者である海賊版サイト運営者に権利行使するのが筋。それが無理でも、問題となる情報の削除を求めるのが原則」とする。削除は権利侵害をしている当事者への働きかけだけで済むが、ブロッキングはその他の利用者全てを巻き込むことになるからだ。
出版社側は今回の漫画村など3サイトにどのような対抗措置をとったか明かしていないが、過去には海賊版サイトへの削除要請や国内外のプロバイダーやサーバーへの削除要請などを行ってきたという。だが「すぐ削除に応じてもらえず、訴訟になると大変なコストと時間がかかるので、なかなか踏み切れない」「削除されてもすぐアドレスを変えて別サイトに移られイタチゴッコになっていた」(大手出版社)という。
ただ、著作権の場合、米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)を活用すれば、名誉毀損やプライバシー侵害のケースに比べれば迅速な対応が期待できる。侵害通知を受けたプロバイダーは事実関係の調査や発信者への確認をする前にまず削除し、その後、異議申し立てなどに対応するのが普通だからだ。
このほか、グーグルなどの検索事業者に検索順位を下げるよう要請し、該当するサイトにアクセスしにくくする手法や、広告規制によって海賊版サイトの資金源を絶つ方法もある。
特に、広告規制による著作権保護の取り組みは、既に米国やEUでは数年前から積極的に取り組まれている。日本でも、インターネットホットラインセンターが収集している違法情報については日本インタラクティブ広告協会(JIAA)が中心となって広告配信先のブラックリスト作成や配信後のパトロールを実施している。一方、海賊版サイトでは、今年2月にCODAなどがリストを作り、JIAAに協力を求めたばかりで、まだ実施の段階にはない。
現在は音楽や動画だけに認められている違法ダウンロードの罰則化を、漫画にも拡大することも有効だろう。
ブロッキングの前に、まだまだやることはたくさんありそうだ。
(3)はどうか。ICSA理事としてブロッキング問題に携わる丸橋透・明治大教授は「著作権という財産権より、通信の秘密の方が重いのは明らか」として要件は満たさないと話す。さらに「仮に、著作権侵害が緊急避難として認められれば、より重い人格権侵害である名誉毀損やプライバシー侵害などにも認めないわけにはいかなくなる」と指摘。「政府に批判的なサイトが簡単にブロッキングされる事態も起こりかねない」として、表現の自由や知る権利が脅かされると危惧する。
出版界からも迷いが漏れる。ある大手出版社の幹部は「我々も言論機関。ワラにもすがる思いで同調したが、今回の件が言論の自由を狭めないか不安だ」と漏らす。
NTTがNTTコミュニケーション、ドコモ、ぷららの3社でブロッキング実施の方針を表明したことで、今後は他のプロバイダーの動きも注目される。一方、全国地域婦人団体連絡協議会などの消費者団体は法的手続きに入る検討を始めた。今後、各地で差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟が展開される可能性が高い。NTTは「仮定の話にはお答えできないが、提訴された場合には真摯に対応したい」としている。KDDIは「現時点では対応は未定」、ソフトバンクは「著作権侵害は早急に対応すべき重要な問題と認識しているが、一方で通信の秘密の侵害が懸念され慎重な議論が必要で、法制度や運用面など様々な観点から検討したい」としている。
Read Again http://www.yomiuri.co.jp/science/feature/CO017291/20180423-OYT8T50047.html
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