日銀の政策決定は「不透明」
日本銀行の金融政策を分析・予測するために、AI(人工知能)を用いる試みが、行き詰まっているとの報道があった。AI分析の一例としては、黒田東彦総裁の記者会見や日銀の出す「金融経済統計月報」をAIが読み込み、その特徴から追加緩和などの可能性を予測するものなどが考えられていた。
クレディ・スイス証券もAI分析を取り入れた「日銀テキストインデックス」なるものを公表していたが、計画が行き詰まり2016年に公表を取りやめている。だが、はたして本当に日銀の金融政策をAIで予測することは不可能なのだろうか。
まず、そもそもクレディ・スイス証券が開発したのは「テキストマイニング」というもので、「AI」というと少し大げさだ。経済学におけるテキストマイニングとは、もとはと言えば様々なニュースから株価を予測するモデルのことを指す。
具体的には、黒田総裁の会見など、日銀のテキストから物価に対する見方を数量化して、実際の金融政策と照らし合わせるというもの。「AI」と聞くと最新技術かと思うが、実は古くから採られてきた手法である。
中央銀行の金融政策決定に関する研究は、有名なものではスタンフォード大教授のジョン・テイラー氏が1993年に示した「テイラールール」がある。
このルールに基づくと、政策金利は、現実のインフレ率が目標インフレ率を上回るほど、また実質GDP成長率が潜在GDP成長率を上回るほど引き上げられ、反対に下回れば引き下げられる。このルールに基づいて分析を試みれば、実際の金融政策は9割方予想できると言われている。
もっとも、このルールは、FRB(米連邦準備制度理事会)では有効だが、日銀では通用しない。というのも、日銀がどのようなセオリーで金融政策決定をしているか、不透明なところが多いからだ。クレディ・スイス証券の分析が上手く機能しなかったのも、それが理由として考えられる。
日銀の金融政策は「常識」が欠けていた
実際、日銀の金融政策はほかの先進国のそれとは大きな違いがある。たとえば他の先進国では、金融政策は物価の安定と雇用の確保のために行うというのが「常識」とされている。このため、インフレ率と失業率が、望ましい値から乖離しないように金融政策が行われている。
ところが、日銀のこれまでの金融政策には、「雇用の確保」が重要な目的であるという「常識」が欠けていた。だから、海外の予測モデルは日銀の金融政策に適用できなかったのだ。
しかも日銀の公表文書は基本的に日銀事務方が書いているが、これはずっと金融政策の「常識」を反映しない従来の日銀スタイルで書かれてきた。クレディ・スイス証券がそうした文書を分析しても、金融政策をうまく予測できなかったのは仕方ないだろう。
この7月、民主党時代からの日銀審議委員2名が退任した。これをきっかけに潮目が変わり、欧米的な経済モデルを取り入れようと意識改革が行われるかもしれない。
そうして金融政策の方法論さえしっかりしていけば、政策予測は決して難しいことではなくなる。筆者の感覚では、自動車の完全自動運転か日銀の自動金融政策の完成か、どちらが早いかというところだ。
『週刊現代』2017年9月2日号より
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