プロ経営者、魚谷雅彦氏の快挙である。
ベネッセホールディングスの原田泳幸氏、LIXILグループの藤森義明氏、ローソンの玉塚元一氏など、“社長請負業”といえるプロ経営者たちが結果を出せないまま表舞台から去っていくなか、マーケティングのプロである魚谷氏は成果を上げた。
資生堂の2017年12月期の連結決算は、サプライズの連続だった。売上高は前期比18.2%増の1兆50億円、営業利益は2.2倍の804億円、純利益は29.1%減の227億円。
何がサプライズかというと、まず売上高が従来予想を200億円上回り、1兆円の大台に乗せたことだ。20年を目標としていた「売上高1兆円」を3年前倒しで達成した。さらに営業利益は従来予想を155億円上回り、08年3月期に記録した最高益634億円を上回った。決算期は15年3月期決算を締めた後、12月決算に変更した。純利益は、50億円としていた従来予想を177億円上回った。
これにはアナリストたちも驚きを隠せない。誰も、これほど業績が急回復するとは予想していなかったためだ。決算発表を受けて資生堂株は急騰し、決算発表前日の2月7日の終値は5488円だったが、15日には一時6427円にまで上昇した。これは、10年来の高値である。
資生堂は、日本コカ・コーラで数々のヒットCMを手掛け、伝説的なマーケティングのプロである魚谷氏にブランドの再生を託した。14年4月、魚谷氏は資生堂の社長に就任。140年を超える歴史を誇る資生堂で、役員経験のない外部の人間が社長に就任するのは初めてのことだった。「化粧品のイロハもわかっていないド素人に何ができるのか」と当初、社内は冷ややかだったが、それから4年でプロ経営者は結果を出した。
●高価格帯化粧品とインバウンドが売り上げ・利益を牽引
サプライズをもたらしたキーワードは3つ。高価格帯の化粧品、インバウンド(訪日外国人観光客)、そしてドナルド・トランプ米大統領だ。別の言葉でいえば、プレステージブランド、ボーダレスマーケティング、そして米国の税制改正となる。
プレステージブランド、ボーダレスマーケティングとも、魚谷氏がもっとも得意とするところだ。プレステージブランドとは、購入することが地位の高さを証明すると認められるような高価格帯戦略をいう。一方、ボーダレスマーケティングとは、インターネットの普及により国境の壁をなくして売り込む戦略を指す。
プレステージブランドでは、「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポーポーテ」といった高価格帯の化粧品に注力した。17年12月期の増収額1548億円のうち、プレステージは42%の653億円を占めた。
日本国内の売上高は前期比13.1%の4310億円。このうちプレステージは同35.8%増の913億円。営業利益は同47.6%増の832億円。営業利益率は18.0%と、同3.9ポイント向上した。インバウンド売り上げも大きく伸びた。585億円で同70%増。インバウンド分は国内売り上げの13.6%に相当する。
中国人観光客に焦点を当て、日本でプレステージ化粧品を手にとってもらい、帰国後、中国で購入してもらうというのがボーダレスマーケティング。これが功を奏した。中国事業の売り上げは20.1%増の1443億円。このうちプレステージは実に58.4%増の553億円に達した。営業利益は3.1倍の113億円。営業利益率は7.8%と4.7ポイント改善した。
●米税制改正でベアエッセンシャルの665億円の減損処理を吸収
好業績を背景に、魚谷氏は永年の懸案である“負の遺産”の処理に踏み切った。
資生堂は17年11月1日、米子会社ベアエッセンシャルののれん代などの減損損失655億円を計上すると発表した。巨額な減損処理で、17年12月期の最終利益の予想を50億円に引き下げた。最終損益の赤字転落をかろうじて免れる水準だった。
ところが、蓋を開けてみたら最終利益は227億円。従来予想を177億円上回った。17年12月期決算の最大のサプライズとなった。
ここでトランプ大統領が登場する。選挙公約であった連邦法人税率を35%から21%に引き下げる税制改革法案が17年12月20日に米議会で可決された。米国の税制改正は、米国に進出している日本企業の最終利益を押し上げた。トヨタ自動車は2919億円、本田技研工業(ホンダ)は3461億円増加した。資生堂も同様だ。“トランプ効果”といえる。
ベア社を含めた米国事業の17年12月期の売り上げは10.1%増の1404億円だが、営業損益段階で103億円の赤字。前年の128億円の赤字から赤字幅は若干、縮小したが、依然として水面下にある。
資生堂は10年10月3日、米サンフランシスコに本拠を置く化粧品会社ベア社を19億ドル(当時の円換算で約1800億円、100%の株式取得に17億ドルを充当。債務の継承2億ドル)で買収すると発表した。
資生堂の09年3月期の売上高は6900億円で、その25%に相当する金額を投下する大型買収だった。しかも、大型買収で通常使われる株式交換による買収ではなく、自己資金300億円と銀行からの借り入れ1500億円で賄った。
ベア社の年間売上高は約500億円。テレビショッピングを軸にミネラル100%でつくる「ベアミネラルファンデーション」などの“自然派”と呼ばれる化粧品を展開する。“自然派”系で強いブランドを持っていなかった資生堂は、米国や欧州市場での拡大が見込めるとして、この買収に踏み切った。ベア社の買収で11年3月期の海外部門の売り上げ比率は、その前の期の37%から43%に高まり、買収は成果を上げたかに見えた。
しかし、買収後のベア社の業績は低迷した。主たる原因は広告・宣伝の路線変更にあった。百貨店や化粧品専門店での売り上げ拡大に向けて、得意としてきたテレビショッピングを縮小。テレビショッピング用の化粧品を、百貨店でも販売する化粧品に格上げすることを狙った。ところが、これが大失敗だった。
百貨店市場では世界の名だたる化粧品メーカーの高級ブランド品が競い合っており、ベア社が食い込む余地はなかった。ベア社の収益は低迷。マーケティング戦略が誤っていたのだ。
資生堂は13年3月期連結決算でベア社ののれん代の減損として286億円の特別損失を計上。8期ぶりとなる146億円の最終赤字に転落した。この経営責任を問い13年4月、社長の末川久幸氏を解任。11年から会長を務めていた前田新造氏が社長に復帰し、後任社長の人選を進めた。その前田氏が再生の切り札として白羽の矢を立てたのが魚谷氏だった。
ベア社に絡む減損は13年3月期に続き2度目で、合計額はのれん代とほぼ同額の951億円となった。償却分を含めた買収のコストはのれん代を上回り、ベア社は海外の大型M&A(合併・買収)の失敗例となった。
17年12月期に業績を伸ばしたとはいえ、浮かれるのはまだ早い。回復は道半ばだ。
企業の収益性をはかる指標にROE(自己資本利益率)がある。ROEは最低でも10%以上が目安。グローバル企業は15%以上を求められるが、資生堂のそれは5.6%。これではグローバル企業の仲間入りはできない。
足を引っ張っているのは、大手化粧品メーカーが君臨している米国と欧州だ。これらの地域での事業の立て直しが急務となる。
世界の化粧品メーカーの巨人、仏ロレアルや米エスティローゼを追いかけるうえでの、経営課題がはっきり見えてきた。
(文=編集部)
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