2018年8月18日土曜日

新幹線「Max」引退、中央線グリーン車投入 2階建て車両の利点と欠点

新幹線E4系「Max」が数を減らしている一方、中央線快速ではグリーン車の導入計画が進んでいます。どちらも同じ2階建て車両。それぞれどのような事情があるのでしょうか。

2階建て車両の利点

 上越新幹線で使用されている2階建て車両E4系「Max」の引退が近付いています。1997(平成9)年の営業運転開始から21年が経過し、新幹線車両としては長寿の車両でした。8両編成26本が製造されましたが、2016年から廃車が始まり、現在は20本以下となっています。

 JR東日本は今後、上越新幹線向けにE7系12両編成を11本投入し、2020年度末までにE4系を全廃する方針です。つまり、あと1年半ほどで、E4系の特徴的ないかつい顔と堂々たる体躯(たいく)は見納め、2階席からの眺望も乗り納めになります。現在、新幹線の新たな2階建て車両の開発計画は発表されていません。E4系の引退をもって、全国の新幹線から2階建て車両が消滅します。

 ところで現在、2階建て車両は在来線や私鉄の優等列車用車両でも活躍しています。JR東日本は新幹線の2階建て車両を引退させる一方、中央線快速で2023年度末までに2階建てグリーン車のサービスを開始する予定です。なぜ、2階建て車両は新幹線から引退し、中央線に登場するのでしょうか。そこには、2階建て車両の利点と欠点、導入路線との相性、輸送需要の変化があります。また将来の2階建て車両の導入には、新たな法律も影響しています。

 2階建て車両のメリットはふたつ。「階上席の眺望」と「定員の増加」です。階上席の眺望は分かりやすいメリットです。高い位置の方が遠くまで見えて気分が良いですね。特に新幹線の2階席は遮音壁より高いため、トンネル以外の区間では常に景色を楽しめます。市街地の区間では遮音壁が高いため、一般車両の車窓は望めない場合があります。2階席からは、市街地区間の夜景も楽しめます。E4系のグリーン席は眺望の良い2階にありました。8両編成のうち2両について、2階席をグリーン席、階下席を普通席としました。

16両編成「Max」の座席定員は世界最大クラス

 しかし、階下席はほとんど景色を望めません。駅に着いても、目の高さがプラットホームと同じくらいです。ただし利点もあり、景色が見えないために、読書やパソコンの作業などに集中できます。ビジネスパーソンのなかには階下席を好む人もいます。E4系の自由席は、2階席が3+3列と狭く、階下席は2+3列と広めになっていました。眺望、あるいは広さの選択になります。

 定員の増加は「効率良く大人数を運びたい」という鉄道事業者側の都合ともいえますし、座席の増加によって「座れる可能性が高くなる」という、乗客の利点でもあります。E4系は8両編成を2本連結すると、定員が1634人となります。フランスの2階建て高速車両「TGV Duplex」は10両編成で定員516人、10両+10両で1032人です。E4系の1634人は高速車両としては世界最大クラスの座席定員といえるでしょう。ちなみにジャンボジェットの愛称があるボーイング747の座席数は563席(JAL国内線747-100型)でしたから、その3倍です。

 E4系の場合、東北・上越新幹線で通勤通学需要が増大する一方、大宮〜東京間で各方面の新幹線が合流するため、運行本数を増やせません。そこで1列車あたりの定員を増やす必要がありました。8両編成と短くした理由は、「つぱさ」「こまち」と併結したり、8両+8両の16両編成にしたりと柔軟に対応するためでした。「TGV Duplex」は、新幹線といえども市街地では在来線に乗り入れるため、長距離特急列車の増発が難しいという事情があります。増発する代わりに2階建てとして定員を増やしました。

 JR東日本のグリーン車が2階建てになっている理由も定員を増やすためです。(自由席とはいえ)グリーン車は着席が前提のサービスであるため、普通車のように多くの乗客を受け入れられません。グリーン料金をもらっても、平屋だと1車両あたりの利益は普通車より小さくなります。そこで2階建てとし、少しでも多くの乗客を受け入れられるようにしました。通勤区間が多く、ビジネスパーソンの利用が多いため、階下席も好まれます。

2階建て車両の「欠点」

 2階建て車両の欠点は、鉄道事業者側からみると「車両製造費用の高さ」「重心の高さ」「空気抵抗」「車内販売の困難」でしょう。大柄な車体は補強材も厚くなります。座席など使用部品も多く、製造費用に跳ね返ります。メンテナンスの手間も増えます。重心が高くなるため、2階席の曲線区間の乗り心地は悪くなります。空気抵抗も増えるため、速度を高くするほど出力を高くする必要があります。燃費が悪くなるわけですね。

 2階建てだからといって、一般車両の定員の2倍にはなりません。2階建て構造のため、デッキに階段を設けるなど共用スペースが増えます。また、階下席は台車など床下機器を避けて配置されるため、客室を広く取れないからです。たとえば、2階建てのE4系8両編成の定員が817人、平屋のE2系8両編成の定員が630人です。2階建てによる定員増は1.3倍となります。大柄な車体を作った割に、2階建て車両の定員は増えない印象です。

 先代の「Max」ことE1系では車販ワゴンを使えず、3+3列の2階席は通路が狭いため、手持ちカゴの車内販売を実施しない前提です。E4系では車体を軽量化し、そのぶんの重量で各車両に車販ワゴン用のエレベーターを設置しています。

 乗客にとっての欠点としては「乗降時間の長さ」が挙げられます。2階席、階下席とも、乗車時はデッキの出入り口から階段を使って客室へ移動する必要があります。降車時はこの逆方向。やはり階段を使います。その上に一般車よりも定員が多いため、主要駅では乗降客が多く時間がかかります。そこで、多くの2階建て車両は乗降扉の幅を広くしています。中央線快速に導入する2階建てグリーン車は両開きドアを採用し、東海道線や横須賀線などよりも幅広いドアにする予定です。

全車両2階建ての新造は難しい?

 日本では「バリアフリー法」のため、全車2階建て、もしくは全車高床(ハイデッカー)の車両を製造しにくくなっています。2006(平成18)年に成立した「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」、いわゆるバリアフリー新法に基づいて、国土交通省は「移動等円滑化のために必要な旅客施設又は車両等の構造及び設備に関する基準」(公共交通移動等円滑化基準)を定めています。

 このなかで「旅客用乗降ドアは1列車につき1か所以上は幅が80cm以上」「客室(車内)には1列車に1か所以上の車いすスペースを設置」「車いす使用者が円滑に利用するために十分な広さを確保」「車いす使用者が利用する際に支障となる段がない」「便所を設置する場合は、1列車ごとに1か所以上は車いす対応にする」「車いす使用者が移動する通路の幅は80cm以上」などの項目があります。

 新造車両や改造(客室リォームなど)の場合は、この基準に適合しないと認可されません。つまり、全車両が2階建て、または床面の高いハイデッカー構造となる場合は、少なくとも編成中1両に車いす対応の座席とエレベーター、トイレを設置する必要があります。これは製造コストに上乗せされますし、定員を減らす要素にもなります。小田急ロマンスカーの10000形「HiSE」が、年式の古い7000形「LSE」より先に引退した理由も、ハイデッカー構造がバリアフリーに対応できなかったためといわれています。

新しい2階建て車両に期待

 E4系は8両編成のうち1両に車いす対応のエレベーターを設置しています。また、中央線快速で導入する2階建てグリーン車は、サービス開始と同時に普通車側に車いす対応のトイレが設置されます。また、E231系グリーン車などと同様、グリーン車には平屋の区画があります。

 2階建て車両にはメリットもたくさんあり、鉄道の旅では2階席からの眺めも気持ちいいものですが、バリアフリー法や、人口減少などによって定員問題が深刻ではなくなっていく将来を考えると、新規の製造は難しいかもしれません。

 2階建て車両が大好きな筆者としては、東海道新幹線の新型N700Sに2階建てグリーン車、食堂車を連結し、かつて100系新幹線で走らせていた「グランドひかり」のような「グランドのぞみ」の誕生を期待したいです。リニア中央新幹線の開業後、東海道新幹線は混雑が緩和するでしょう。最速到達の魅力はリニアに移りますから、いっそ東海道新幹線の魅力アップとして、2階建て車両の復活はいかがでしょうか。

フランスの2階建て高速車両「TGV Duplex」

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